2007年09月30日

チラシ

チラシ
展覧会のチラシの制作の段階に入る。展示作品が例外的に多いのかもしれませんが、そのためのチラシのデザイン苦労されておる様子。
プリントサイズ
展示作品の最後の「続・俗神」のプリントサイズを未だに決めかねている。人物のポートレイトなのですが、等身大にまで大きく出力したいと思っているのだが、撮影時の条件ーレンズ、カメラの高さ、被写体との距離などーによって、顕れ方が大きくことなってしまうからです。身長180㎝か、170㎝、160㎝にするかでボリューム感が予想以上に全く異なってきそうです。ここまで大きな人物写真を制作したことないので、経験則に頼れず迷ってしまっているわけです。明日には決めてしまわなくては、データーの処理を前へ進めなければなりません。
しかし、こんな日々に、改めてデジタルの多様な機能に驚かされています。

投稿者 nirhiro : 22:34 | トラックバック (0)

2007年09月28日

2007.09.28

27日。カタログ編集会議開催。

投稿者 nirhiro : 13:22 | トラックバック (0)

2007年09月21日

2007.09.19

第二回ポスター検討会
本日大溝氏より、鈴木学芸員と3人で、第二回目の提案会議あり。直感的にGood,一目惚れ、という衝撃的な、イメージに作っていただいてました。力強く、さわやか、、、ですから直裁な訴求力。色も赤を基調とし、赤色の持つ祝祭性が年末年始の歳事にもGoodではないかと思っています。
さて、東京都写真美術館の見解がたのしみです。
大溝氏曰く、私とのブログ交換で、私が『ヒロミという語感を(今時では、女性名。ちなみに私の本名は、「宏美」)男にしてくれ』と叫んだようですが(確かに書いていることを確認)、それがきっかけで、イメージ化が一挙に具体化したとか。名前では、いろいろな珍事あります。いつかまとめてかきましょう。私は、男です。
その後、展示作品最終決定打ち合わせ
鈴木学芸員との検討会、今回で何回目であろうか?いよいよ煮詰まってきた。
最初考えていた展示点数を、ここへきて、いかに削るか。という作業となってきた。
私は、いつも数がほしいタチ(質)。削ったが、それでも150〜170点ほどになりそうだ。
多くみても疲れない、いかに楽しいものにするか。楽しく見終えてくれるよう構成しょうと、鈴木さん工夫重ねております。

投稿者 nirhiro : 00:21 | トラックバック (0)

2007年09月18日

2007.09.17

大阪の帰りに、田舎に立ち寄る。村の秋の例祭に参加。鎮守の観音堂で僧侶の読経。春、同じ観音堂で神官の祝詞聞いた。何と見事な神仏習合。稲穂美しく、豊作の様子であった。


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投稿者 hiromikt : 16:02 | トラックバック (0)

2007年09月14日

ポスター

報告おくれました。9月7日ポスターデザインのプレゼンをデザイナーの大溝 裕さんから、受けました。担当学芸員の鈴木さんと三人でけんとうしました。これが、この図案です。
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これを受けて、その場で意見の交換があったことは、勿論ですが、その後、私と大溝、鈴木さんとの三人の間で、メールで意見の交換がありました。それを添付します。
まず私から大溝さん、鈴木さんへ
さて、デザインの基本イメージですが、昨夜よく考えて見ました。
しかし、どうしてもあの同心円のキャッチコピーには、同意出来ない私がいます。
理由は、少し分析してみたいとおもいます。
1)昨日申しましたように、テキストが読みにくいこと。読まれることを期待するタイトル   
  や日時のデーター
  読むことを諦めらられてしまうのではないか。
2)展示する写真の内容は、自分で言うのもなんですが、大変シリアス。
  それに対して、同心円コピーには、コミック的イメージがあり、シリアスとは距離が
  ある。
3)「土田ヒロミのニッポン」というタイトルには、日本をヒロミが私化するイメージが
   あり、かつカタカナでニッポンは、日本の異種の解釈、異説、新しい読み込み
   をイメージするところがあるといえます。
  しかし、あまりにも当たり前な日本の解釈なのです。
  ポスターで遊び過ぎては、見る者(観客)に駄洒落感を与えてしまい、自分の問題と
   して見てくれることはないのでは?という心配があります。
4)「土田ヒロミのニッポン」このヨコに単純に書かれたものでも、ニッポンが私の名前
  の前に付け足しのように控えてしまってます。この土田ヒロミをうまく押さえ込みな
  がら、一体化出来ないもpのでしょうか?
   色遊びで変える、、、しかし一層ヒロミという軽いイメージ増長か。
   土田とヒロミを二段としてデザインする。
   土田ヒロミを角印、�のようなデザイン化を計る。
5) 大溝さんのホームページにある強い、ハードなイメージでヒロミを男のイメージにして
  いただけませんか?
  文字の問題だけでなく、デザイン全体のことです。

解決がむつかしそうです。そこでタイトルをも考え直すというのは、どうでしょう。今更!ですが、以前より考えていひっかかていた上のようなデザインのもんだいもあり、現実に目にすると困難さが心配になります。
A)「ニッポン」という文字は、単独で用いるとそれ自身尾も語彙の面白さ,強さが出そう
  です。いっそう「日本」漢字にしたらどうでしょう。「土田ヒロミの日本」
B)単純に「ニッポン」「ニッポン70'〜07'」と土田ヒロミを削除。
  考えていくますと限りありません。急いで直接話し合う必要がありそうですね。
  大溝さん。データーで、昨日のデザイン、軽くして送っていただけませんか?
  いろいろ作業してるからおもいのかもしれませんね。軽くなりませんか?

大溝さんから私に返信

Glanzの大溝です。
昨日はどうもありがとうございました。
メール拝見しました。
あの後、私も本当に今の同心円のデザインを
マイナーチェンジすることでいいのか、
それで土田さんが本当に納得できるものになるのかどうか
少し、疑問に思っていました。

タイトルが読みずらいなどの問題はありますが
ポスターなどはやはりパッと見た時の第一印象が全てだと思っています。
そこから瞬間的に何を感じとるかであって、
その第一印象の土田さんの反応が
予想してたより鈍かったのが自分としては一番気になっていました。

正直、自分としては自信作で
デザイン上ではシリアスな部分をあえておさえ、
ポップな表現のアプローチですが
デザインが写真の上にのっかてきた時、
逆にコンセプチャルでシリアスな
土田ヒロミのニッポンを感じさせる表現にも
なっていると思っていました。
(今でもそう思うところはあるのですが)
ただ、それはここしばらく
現在までの土田さんの写真集などを見てきた自分が
感じることであって、
全く土田ヒロミのことを知らない人にとっては
誤解を生むデザインになっているのかもしれません。
またどこかデザイナーの変なサガで
今までになかったような土田ヒロミの見せ方でみたいな
ヨコシマな考えもあったかもしれません。

タイトルが土田ヒロミのニッポンのままでも
もう一度、まっすぐに素直にむかえば
新しいデザインがでてきそうな気もしています。

なのでもう一度トライはしてみたいと思っています。
長々書いてしまいましたが
とりいそぎ昨日のデザインのPDFデータをお送りします。
よろしくお願い致します。                     大溝

これを受けて私から大溝さん、鈴木さんにCCで返信

大溝 裕さま
 ご丁寧な返事ありがとうございました。専門科に向かって口幅ったこと申しあげて失礼なことと思ってます。
あなたのおしゃる「ポスターなどはやはりパッと見た時の第一印象が全てだと思っています。」その通りだと思います。そうゆう意味では、アイキャッチとして強く、何事?という関心の惹き方があるおもしろい、と、思います。

しかし、私一人がはしゃいでしまっているようにかんじてしまうところがあります。
わたしは、写真家は、対象(今回の私の展覧会は、人間しかも露な素顔)に対して、謙虚であらねばならないと思ってます。現実の具体を借りなくては成立しない、特にわたしの今回のようなものでは、対象の尊厳をどこかでしっかり押さえておかなくてはならないと、思ってます。(絵の場合、もしくは抽象性の高いものとは、その辺が大きな違いかと思います。)だから、静かで控えめであるべきだとは、思ってませんが、解っていただけるでしょうか?「土田ヒロミの一人芝居」になっては、ならないと思ってます。私の表現者として関心の核は、時代そのもののようです。
今生きている時代を知ろうとする関心が写真をとらせているようなのです。今回の展覧会の中心は、それぞれの時代のニッポンなのだとわたしは、考えてます。土田ヒロミというロゴが目立ちすぎることに神経質になるのは、その辺にもあるようです。
ご理解いただければと思います。
あなたのおしゃる
『デザイン上ではシリアスな部分をあえておさえ、
ポップな表現のアプローチですが
デザインが写真の上にのっかてきた時、
逆にコンセプチャルでシリアスな
土田ヒロミのニッポンを感じさせる表現にも
なっていると思っていました。
(今でもそう思うところはあるのですが)』
確かに、私(土田)もそれは知って、感じています。もう一度冷静に受け止めて、試作デザインを熟見、再見してみます。
「ポップな表現のアプローチ」おおいに期待するところでもあります。
鈴木さんの意見を十分お聞きしないままの勝手な長文になってしまってますが、また3人で、しかも急いで話しあいましょう。             土田                                             


そこに鈴木さんの意見が入ってきました。                       
土田先生
大溝さま

ご返信が遅くなりまして、申し訳ありません。
また、先生、大溝さん、ポスター案に関するご意見どうもありがとうございます。
タイトルそのものにつきまして、本当にこれでいいのかと考えておりまして、もうお昼の時間になってしまいました。
生き続けるニッポン、ニッポンを追いかけて、ニッポンの証、ニッポンの証明、ニッポンの軌跡、ニッポンと時代、
生きたニッポンの記録などのいまひとつのタイトルが頭に浮かんだところで、
企画書の表紙の「土田ヒロミのニッポン」の表記を見て、インパクトはこっちだと思いました。
しかし、この展覧会には過去に繋がる私(1968-74)、高度成長 都市化する私(1975-89)、
バブル経済 踊る私 (1980-90)、新世紀 Fake化する私(1995-2004)、 日本のまつりを記号化(1980-2004)、
ヒロシマ(1976-94)、高齢化問題などの多様な要素があり、そのことをポスター類の目立つところに文字で周知する必要が
あることに気づきました。
先生、サブタイトルやはり必要だと思うのですが。
大溝さん、デザイン的に邪魔になるかもしれませんが、もしくは、展覧会タイトルをロゴで表現する部分ではなくて
もうひとつ正式に表記する部分で、入れるのはどうでしょうか。

軽さとシリアスのぎりぎりのラインをつかめたら、素晴らしいポスターになるはずです!
                              鈴木

こんなやりとりで進行しています。次回のプレゼンテーションは、まだ未定ですが、また意見の交換発生するはずです。次回も意見交換を公開したいと思います。 
皆さんの大溝さんのポスターデザイン感想お聞かせくださいませんか?                  
                                            土田ヒロミ

2007年09月10日

写真展企画書

今年の12月15日から東京都写真美術館での開催する写真展の内容を企画者の鈴木佳子学芸員の許可を得て以下に記述します。
おおよその内容掴めていただけるのではないかとおもいます。
今後、この写真展たち立ち上げの過程を出来るだけレポートしてゆきたいと思います。
タイトルが未だ、確定しておりません。
これは、私の逡巡に原因があるかもしれません。
いつもタイトルは、最後迄引きずってしまうのが、私の常のようです。

〜時代を透視する眼〜
土田ヒロミの ニッポンの記録
東京都/東京都写真美術館/産経新聞社

◆はじめに◆
東京都写真美術館では、土田ヒロミの個展を開催する。
1960年代終わりから写真家として本格的な活動を開始した土田は、日本の土俗的な文化、ヒロシマ、高度経済成長、バブル経済などのテーマを通して、変貌する日本の姿を撮り続けている。
土田の視点はつねにユニークである。
作品ごとに明確なコンセプトを持ち、日本という国に対する問題意識を実験的ともいえるアプローチで表現してきた。
「自己表現」と「徹底的な記録」の両面を行き来することで進化を遂げてきたこの作家の作品からは、社会性と時代性を兼ねそなえた背後に日本が抱える問題を汲み取ることができる。
ここに東京都写真美術館が重点的にコレクションした土田作品に加え、最新作を含め氏の作家活動の軌跡を一堂に紹介する。
新たな時代が動き始めた現在、土田作品を見ることで日本いう国と自分自身との関りを考察する機会の場としたい。

◆展覧会情報◆
会期:2007年12月15日(土)〜2月11日(月)
場所:東京都写美術館 3階展示室
主催:東京都/東京都写真美術館/産経新聞社

◆展覧会出品作品◆
パートⅠ 日本人
○ 「俗神」 過去に繋がる私(1968-74)
○ 「砂を数える」 高度成長 都市化する私(1975-89)
○ 「パーティー」 バブル経済 踊る私(1980-90) 
○ 「新/砂を数える」 新世紀 Fake化する私(1995-2004)
○ 「続/俗神」 日本のまつりを記号化(1980-2004)
パートⅡ ヒロシマ
○ 「ヒロシマ1945〜1979」(1976-79)
○ 「ヒロシマ・モニュメント」(1979-90)
○ 「ヒロシマ・コレクション」(1982-94)
パートⅢ スペシャル・コーナー
○ Aging(1986年) Dailyセルフポートレイト (1986- )
(ビデオ作品、インスタレーション)

◆作品解説◆
「俗神」-過去に繋がる私-
1968年から1975年に、日本各地を撮影取材。1971年、フリーランスになる際、自分自身を検証するために、まず日本文化に対峙する必要性から生まれた作品である。
日本の古い宗教的な空間や祭りの空間、富士山、伊勢神宮、吉野、青森など土俗的かつ時代をまたいで継承した文化、人々を捉えた。

「砂を数える」 -高度成長 都市化する私-
1975年から1985年までに日本各地で撮影された日本人の群集としての姿。
「俗神」が一段落した1975年から、ほぼ10年間にわたって、首都圏を中心に撮りためたシリーズで、福井の山村を離れ、都市化していく自分自身の存在のありようを対象化する試みから進められた。
「お祭り(初詣・花見を含む)」、「レジャー・行楽(遊園地・海水浴・博覧会など)」、「天皇行事」、「街頭・公園」、「学校儀式」、「戦争被災者慰霊」、「メーデー」、「スポーツ・ギャンブル」。日本人が、1980年代前後の時期、どのような機会に「群集」を成しているのか見て取ることができる。

「パーティー」 -バブル経済 踊る私-
1980年から90年まで、バブル経済に沸く日本の異常ともいえる一時期に、当時どこかしこで開かれていた「パーティー」。「パーティー」というハレの舞台に、華やかな衣装で身を包み、派手なメイクとヘアスタイルで夜な夜な出没する人々の姿を捉えている。
「俗神」「砂を数える」に通ずる、日本の群れの姿・日本人の本質といったものがここにも表されている。

「新/砂を数える」 -新世紀 Fake化する私-
「砂を数える」のカラーによる続編。日本のバブル経済が一挙に崩壊していく中、時代のバーチャル化様相を考察している。一つのベクトル方向に動かず、互いに距離を取って群れる姿から、以前の「群れ」の形が確実に変質してきていることを如実に捉えている。
デジタル技術を採り入れ、予測不能の現代像を展開している。

「続/俗神」 -日本のまつりを記号化-
「俗神」の続編として、お祭りそのものをカラーで制作。祭りの形を記号的に捉える。
1981年に浅草でおいらんを撮影したことがきっかけとなった。民俗学的な分類より、形のおもしろさに重点が置かれている。大判フィルムを使用して、スタジオ・ポートレイトのスタイルを戸外で実行。
形はかわっても断絶せずに続いてきた日本人文化の厚み、日本人文化の多様性を伝える。

「ヒロシマ三部作」
1973年頃より関りはじめた3部作によるシリーズ。ドキュメンタリストを自認する者として、フリーランサーになった71年頃より、原爆の惨事を記録する仕事をすべきだという思いから広島へ模索の旅に出る。実際に方法論を決定し、撮りだしたのは1976年。
被爆体験記「原爆の子」(1951、岩波書店)に出会ってから、数年かけて30-40代になった原爆の子の消息をたどり107人に取材した。(2004年末から2005年にかけて再取材し、「60年目のヒロシマ」として発表。)
3年後に、「ヒロシマ1945〜1979」。
さらに1979年、原爆遺跡を記録した「ヒロシマ・モニュメント」。
1980年に広島平和記念資料館の遺品、原爆資料の記録した「ヒロシマ・コレクション」へと続く。
「ヒロシマ1945〜1979」(1979年)
「ヒロシマ・モニュメントⅡ」(1995年)
「ヒロシマ・コレクション」(1995年)

「Aging」 -Dailyセルフポートレイト(1986年7月〜)- 
1986年から毎日、自分の顔を記録として撮りはじめる。
自分の老化に気づいたことが作品制作のきっかけとなった。老人社会や老化の問題を考えるとき、老人ホームの人たちを撮るありきたりのやり方ではなく、セルフポートレイトを定点観測的に撮影する方法を考え出し、現在まで続けられている。

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2007年09月09日

2007.09.09

久しぶりに汐留に撮影に参りました。幾つもの新しいビルディングに驚かされました。


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2007年09月05日

2007.09.05

9月2日から5日まで、大学のゼミ生17人と共に沖縄研修旅行。太陽のヒリヒリするような強い熱線、東京にもイスラエルにもない、素晴らしいものだった。今年の夏は、質の全く異なる太陽を体験することができた。さて、秋。落ち着いてデスクワークにはいらなくてはなるまい。


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