2010年03月23日

木村伊兵衛 賞

木村賞伊兵衛賞の審査委員として、今年で8年ほど勤めさせてきました。

今年の正式にめでたく、発表となりました。
私の選評は、アサヒカメラの4月号に掲載されていますが、ここに添付します。
(最終出稿原稿なので、少しテニヲハの違いあるかも知れません)

以下選評です

今年のノミネートに挙がってきた作品は31点。例年の点数であったが、なぜか全体にボリュームが希薄に感じられた。
大半は、写真集。しかし、年々、そのノミネート作品の形態は多様化してきている。展覧会などを挙げたものがその3分の1。パソコンによる展覧会の記録、個展のオリジナル作品、美術館におけるグループ企画展への提出作品の記録CD、など展示作品の増加。これらの傾向は、写真の展示という表現媒体が注視されてきている傾向を反映しているからであろう。

最終選考までに残った作品は、石川直樹「ARCHIPERAGO」
藤岡亜弥「私は眠らない」、溝部秀二「here and there」、北野謙「溶游する都市Flow and Fusion」高木こずえ「MID」「CROUND」の5人、6作品。
石川さんの作品は、壮大なスケール、長期にわたる取材から構成された労作。この文化人類学的構想力に、写真的表現力が更に深化するであろうことを考えると、今後がますます期待できる逸材である。いや、既に新人の域を超えた人気作家だ。
藤岡さんは、これまで多くの若い女性達によってなされてきた性にまつわる暴露的な表現、表層的にジェンダーに向かう表現とは一戦を画した女性性を対象化。内に潜む自ら行(ぎょう)しきれない女の業(ごう)への恐怖感が見事に表現された傑作と評価したい。
溝部さんは、ソウルと東京の街頭の女性たちをスナップショット。特異なのは、個々のショットを縦2〜4枚に切断し、再度ソウル×東京を交互にデジタル合成し、1枚のイメージに作り上げるという、複雑な工程の作品。一見すると1枚のストレートショットに見紛うばかりで、合成の不自然さに気づかない。その疑似イメージから、過去の韓国と日本の間に横たわってきた歴史の不条理と、犯罪性を示唆するドキュメンタリーである。美しく軽さを粧いながら重大なテーマを見事に表現した秀作である。北野さんの作品。現在の都市情況の表現としては、旧さを感じさせ、既視感から逃れられないのは残念である。

さて。今回の高木さんの「MID」は、彼女自身の過去の作業からこぼれ落ちてきてしまったものの中から、どうしても偏愛して病まないカットを集積して碑を仕建てた作業にみえる。「GROUND」は、思いっきの域を超えていない。才のある人だからこそ、それに翻弄されないことを期待したい。今、写真に求められているのは、その先であると私は考えている。そんな思いから、独り推(おせ)ない審査会となった。
さて今年、最初にノミネートの作品群から受けた最初の希薄感は、多くがタイトルに英語を用いていることにもあるのかもしれない。日本語での意味限定を避けたいとい若者の意識が写真表現の現在に反映されているようだ。

投稿者 nirhiro : 00:07 | トラックバック (0)