2011年08月20日

20110820

この夏、母の一周忌ということで兄弟姉妹(4人)が田舎に墓参り。
この歳になっても、墓標にしっかり向かえ合えない私があります。合掌して、墓の前に立つこと
己の所作にどこかむずむずとしてくるのです。
兄と私、久しぶりに撮った写真。また似てきてますね。さて、私は?当然お分かりとおもいますがが、これが動いていますとなかなか類似性高いと思います。兄ー善太郎(なんという立派な名前であることか!私の本名は宏美、なんと美しい??)の(西宮市夙川)七宝焼工房で
。Twinsの写真を早く進めないと、このどちらかが欠けてしまっては、計画中途半端、早くしなければ。

ps:この善太郎が9月に個展開催(あの私がヒロシマコレクションを開催したRads
Galleryで)またあらためておしらせ致します。

投稿者 nirhiro : 11:26 | トラックバック (0)

2011年08月06日

20110806

この秋、JPS(日本写真家協会)主催の第5回フォトフォーラム「人間を撮る」開催予定ですが、私もパネリスト、講演者として参加します。若い方の聴講が少ないので広報を!ということで
ここに JPSのホームページを示します。www.jps.gr.jp でお調べください。電話03-3265-7451
他者(人間)直接にレンズを向けた写真行為が少なくなってきています。

昨今の肖像権云々という問題もおおいに関係するものでしょうが、そこに帰着する論が多く語られますが、もう少し違う側面もあるのではないか。他者と関わることの煩わしさを写真の中にまで求めたくないという、他者との関係性の希薄を無意識に望む市民社会が強くなってきているからでしょう。一方、個人が私有する様々なメディアは、膨張の一途です。直接他者とかかわる手段として、パソコン、ケイタイやゲームなどを手にすれば、個室で独りでも平等、自由に可能?そうなのです可能だと錯覚できる仮想空間の肥大状況は、カメラの被写体として他者を求めないし、そのような仮想を破壊するような現実を写し出した写真イメージなど必要なくなってきてしまっているのでしょう。たとえ写し出されていても、被写体を読み込む作業の煩わしさ、訓練不足などで、写真内容にまで立ち入らないというのが、映像情報の過剰消費の現在、かもしれません。しかし、そこで分析官のように解説するだけでは、許されるはずもなく、この秋のJPSの[フォトフォーラム「人間を撮る」まで考えまとめなくてはと思っています。

投稿者 nirhiro : 17:02 | トラックバック (0)

2011年08月05日

20110805

8月2日より大坂「RADS-Gallery」で二つの私の写真展「ヒロシマコレクション」「俗神」が開催されました。
4日、ヒロシマコレクションの展示会場でスナップ。プリントのサイズは、もう少し大きくていいもの、と小さくして方がいいのもとがあり、展示を前にして次回のチェックいたしました、

2011-08-04%2013.47.14.jpg
 
私本人のサイズと比べてください。
なかなか、いいスペースですね。
2011-08-04%2013.58.46.jpg

投稿者 nirhiro : 13:10 | トラックバック (0)