2011年11月20日

BERLIN 2011/11/20

前回(11/13)
そして2011年。最初のベルリンからおよそ30年が経とうとする今年、ようやくここに纏められることになりました。しかし、昨年から実際に編集作業に入ってみると、写真たちは、私に予想もしなかった展開を強いてきました。撮影を重ねる毎に変容してきたコンセプトもさることながら、いざ、それらを纏める最後の編集段階で、永年に渉って増殖してきた写真群に私は冒険に駆り出され、たのです。やがて、歴史的時間の重層性を表現する方へ傾斜してゆく私がありました。当初より「ベルリンの壁」という重大な事実をよそ者の私ごときが語る資格が有るのかと自責の念に駆られてもきましたが、ここに至って、一層の不安と緊張の中にあります。ご覧頂き、ご意見ご感想を賜れば、嬉しく存じます。
写真集は、22日の出版となる予定です。

投稿者 nirhiro : 23:17 | トラックバック (0)

2011年11月13日

「BERLIN」2011/11/13

前回からの続き

しかし、その後の継続的な撮影は、経済的理由、多忙、などで実現できず、のびのびに遅延してゆき「壁はそう易々とは無くなる筈はない」とも高をくくり、計画はストップした状態ででした。
ところが、1989年11月9日夜。当時のコール首相も予測し得なかったほど劇的に、まさに雪崩のように壁は崩壊しました。私は、衛星放送のライブ映像を眺めながら、このプロジェクトは終わりだな……と、清算したのでした。
それから9年後の1998年、「壁を喪失した風景」を撮ろう、と思い立ちます。そこには、冷戦構造の雪解けの風景が展開されているに違いない。さらに言えば、不可視となった壁を捉えたいという衝動に駆られ、撮影を決行。そして、その成果を個展「ベルリン1999」(クリエイションギャラリーG8/1999年)、写真集『THE BERLIN WALL』 (メディアファクトリー/2001年) として発表。

それから9年後の1998年、「壁を喪失した風景」を撮ろう、と思い立ちます。そこには、冷戦構造の雪解けの風景が展開されているに違いない。さらに言えば、不可視となった壁を捉えたいという衝動に駆られ、撮影を決行。そして、その成果を個展「ベルリン1999」(クリエイションギャラリーG8/1999年)、写真集『THE BERLIN WALL』 (メディアファクトリー/2001年) として発表しました。
しかし、その時すでに私は、2009年にもう一度同じ場所で定点撮影するという計画を考えていました。1999~2009年の10年間で壁の痕跡はさらに失せているに違いない、東と西は、風景として繋がっているはずだと、再びベルリンへ向かいました。  次回につづく

投稿者 nirhiro : 18:40 | トラックバック (0)