2012年01月24日

「BERLIN」

今回、のお知らせは、「BERLIN」の動画Yutube
「BERLIN」が出版されて2ヶ月程、ダイレクトメールで多くの方が買って頂いている様子。ありがたいことです。友人知人からの私的には、様々なすてきな評価の手紙、メールを戴いていますが、悪い評価など直接私に届くわけなどないのですが、それを差し引いてもおもしろく感じていただいているようです。しかし、パブリックな評価、新聞などの書評には、あまり出てきていません。雑誌は、3月号になるのかも知れませんが、あまり期待しない方がいいのかも知れません。
私の過去の写真集「俗神」「砂を数える」も出版当時は、殆ど評価されませんでした。
私は、少し前を歩きすぎているのだという、これ一種の思い上がりかもしれませんが、事実時代が後から追っかけて来るという経験をしてきた!などと不遜な言い様は、いけませんが、今回もまた、そうかとすこし残念な気分です。大変判りやすく編集したのですが、判り安すぎたのか。しかし、ここまで編集の作業で工夫している写真集は、他に類を見ない革新的な編集だと自負しているのですが、壁の歴史という歴史的事実を記録したドキュメントと捉えられたら、残念ですね。「歴史」って何なんだろう。という問題提起が主題と言っていいのでしょう。その解答を示しているわけでもないのですが、人間の営みの時間の重層性が感じて戴くとうれしいです。

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2011年11月20日

BERLIN 2011/11/20

前回(11/13)
そして2011年。最初のベルリンからおよそ30年が経とうとする今年、ようやくここに纏められることになりました。しかし、昨年から実際に編集作業に入ってみると、写真たちは、私に予想もしなかった展開を強いてきました。撮影を重ねる毎に変容してきたコンセプトもさることながら、いざ、それらを纏める最後の編集段階で、永年に渉って増殖してきた写真群に私は冒険に駆り出され、たのです。やがて、歴史的時間の重層性を表現する方へ傾斜してゆく私がありました。当初より「ベルリンの壁」という重大な事実をよそ者の私ごときが語る資格が有るのかと自責の念に駆られてもきましたが、ここに至って、一層の不安と緊張の中にあります。ご覧頂き、ご意見ご感想を賜れば、嬉しく存じます。
写真集は、22日の出版となる予定です。

投稿者 nirhiro : 23:17 | トラックバック (0)

2011年11月13日

「BERLIN」2011/11/13

前回からの続き

しかし、その後の継続的な撮影は、経済的理由、多忙、などで実現できず、のびのびに遅延してゆき「壁はそう易々とは無くなる筈はない」とも高をくくり、計画はストップした状態ででした。
ところが、1989年11月9日夜。当時のコール首相も予測し得なかったほど劇的に、まさに雪崩のように壁は崩壊しました。私は、衛星放送のライブ映像を眺めながら、このプロジェクトは終わりだな……と、清算したのでした。
それから9年後の1998年、「壁を喪失した風景」を撮ろう、と思い立ちます。そこには、冷戦構造の雪解けの風景が展開されているに違いない。さらに言えば、不可視となった壁を捉えたいという衝動に駆られ、撮影を決行。そして、その成果を個展「ベルリン1999」(クリエイションギャラリーG8/1999年)、写真集『THE BERLIN WALL』 (メディアファクトリー/2001年) として発表。

それから9年後の1998年、「壁を喪失した風景」を撮ろう、と思い立ちます。そこには、冷戦構造の雪解けの風景が展開されているに違いない。さらに言えば、不可視となった壁を捉えたいという衝動に駆られ、撮影を決行。そして、その成果を個展「ベルリン1999」(クリエイションギャラリーG8/1999年)、写真集『THE BERLIN WALL』 (メディアファクトリー/2001年) として発表しました。
しかし、その時すでに私は、2009年にもう一度同じ場所で定点撮影するという計画を考えていました。1999~2009年の10年間で壁の痕跡はさらに失せているに違いない、東と西は、風景として繋がっているはずだと、再びベルリンへ向かいました。  次回につづく

投稿者 nirhiro : 18:40 | トラックバック (0)

2011年10月24日

2011/10/24 ベルリン

写真集「BERLIN」(ベルリン)の再校紙が出てきた。
最初の入稿した幾つかのモノクロームの写真に、不思議なノイズが現れて、焦った。そのため、11月9日の予定が10日ばかり遅くなりそうだ。その他は、順調。
私は、これまでも写真集を出版してきたが、この「BERLIN」には、なぜかはやる気持ちが強い。なぜなんだろう?最初の取材が1983年、30年ほど前、旧い話ですがそれから2009年まで、長く引きずって来たからということもありますが、それよりも編集上、大きな幾つかの冒険を試みたことにあります。
この、おもしろさをはやく見てもらいたいものだ。という思い上がりにも似た興奮があります。
最初のベルリンの訪問は、先にもいいましたが1983年、私が「ヒロシマ」三部作を撮り終えて、ようやく形になってアサヒカメラの別冊「ヒロシマ」出版いただいた年です。
実は、その5年前にヒロシマのシリーズの二番目に撮影したのは「ヒロシマモニュメント」。内容は、広島市内に遺された被爆遺跡の風景です。その時、漠然とベルリンの壁の風景を撮ってみたいと思うようになっていました。ヒロシマのシリーズは、続けて1982年まで「ヒロシマコレクション」を撮り、1983年の出版は、幸運なことでした。そんなことからオーストリアのグラーツに招待され、その機会にベルリンへ、というのが、経緯です。
しかし、オーストリアの旅のついで、ロケハンのようなもの。「来年は、4×5を持って、来るぞ!」と壁の下で興奮していたのですが、実は、それがなかなか実現せず、壁が崩壊します。
それから、20年、ベルリンに断続的にかかわるのですが、、、その話は、次回に。

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2011年10月04日

投稿者 nirhiro : 00:32 | トラックバック (0)

2011年09月01日

2011/09/01

いろいろな意味でアツかった夏8月も過ぎ、9月。1日は防災の日だそうですが、何かリアリティがありませんね。

さて、来月になりますが、ワークショップを行います。
目黒の「庭園美術館」が来年より、改修、リニューアル工事にはいりますが、その休館11月の前に当美術館は、解放?関連事業があります。
その中の一つに「撮影ワークショップ」が計画されています。私が担当致します。
ぜひ、参加してください。この庭園美術館は展示空間ですが、建物自体が美術品東京都の文化財です。それを存分に、写真を撮りながら楽しもうというものです。
普段は、撮影禁止の内部がカメラの前に解放されます。
アール・デコの館を存分に楽しめる機会に出来ればと思います。
概要を以下に示します。詳しくは、当美術館HPにアクセスしてください。

*撮影ワークショップ〔事前申込制 有料〕   
 撮影を通してアール・デコの建物や庭園の自然をより深く鑑賞しましょう。
 講師:土田ヒロミ氏(写真家)
日時:10月 8日(土)、22日(土)両日参加可能な方 午後2時から4時
定員:20名 受講料:3000円(美術館入館料含む)
申し込み方法:往復はがきに、�氏名、�住所、�電話番号、�イベント名を記入のうえ9月20日(火)までに下記までお申し込みください。(当日消印有効)応募多数の場合は抽選とさせていただきます。
〒108-0071 東京都港区白金台5-21-9 東京都庭園美術館 撮影ワークショップ担当
 http://www.teien-art-museum.ne.jp

投稿者 nirhiro : 10:56 | トラックバック (0)

2011年08月20日

20110820

この夏、母の一周忌ということで兄弟姉妹(4人)が田舎に墓参り。
この歳になっても、墓標にしっかり向かえ合えない私があります。合掌して、墓の前に立つこと
己の所作にどこかむずむずとしてくるのです。
兄と私、久しぶりに撮った写真。また似てきてますね。さて、私は?当然お分かりとおもいますがが、これが動いていますとなかなか類似性高いと思います。兄ー善太郎(なんという立派な名前であることか!私の本名は宏美、なんと美しい??)の(西宮市夙川)七宝焼工房で
。Twinsの写真を早く進めないと、このどちらかが欠けてしまっては、計画中途半端、早くしなければ。

ps:この善太郎が9月に個展開催(あの私がヒロシマコレクションを開催したRads
Galleryで)またあらためておしらせ致します。

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2011年08月06日

20110806

この秋、JPS(日本写真家協会)主催の第5回フォトフォーラム「人間を撮る」開催予定ですが、私もパネリスト、講演者として参加します。若い方の聴講が少ないので広報を!ということで
ここに JPSのホームページを示します。www.jps.gr.jp でお調べください。電話03-3265-7451
他者(人間)直接にレンズを向けた写真行為が少なくなってきています。

昨今の肖像権云々という問題もおおいに関係するものでしょうが、そこに帰着する論が多く語られますが、もう少し違う側面もあるのではないか。他者と関わることの煩わしさを写真の中にまで求めたくないという、他者との関係性の希薄を無意識に望む市民社会が強くなってきているからでしょう。一方、個人が私有する様々なメディアは、膨張の一途です。直接他者とかかわる手段として、パソコン、ケイタイやゲームなどを手にすれば、個室で独りでも平等、自由に可能?そうなのです可能だと錯覚できる仮想空間の肥大状況は、カメラの被写体として他者を求めないし、そのような仮想を破壊するような現実を写し出した写真イメージなど必要なくなってきてしまっているのでしょう。たとえ写し出されていても、被写体を読み込む作業の煩わしさ、訓練不足などで、写真内容にまで立ち入らないというのが、映像情報の過剰消費の現在、かもしれません。しかし、そこで分析官のように解説するだけでは、許されるはずもなく、この秋のJPSの[フォトフォーラム「人間を撮る」まで考えまとめなくてはと思っています。

投稿者 nirhiro : 17:02 | トラックバック (0)

2011年08月05日

20110805

8月2日より大坂「RADS-Gallery」で二つの私の写真展「ヒロシマコレクション」「俗神」が開催されました。
4日、ヒロシマコレクションの展示会場でスナップ。プリントのサイズは、もう少し大きくていいもの、と小さくして方がいいのもとがあり、展示を前にして次回のチェックいたしました、

2011-08-04%2013.47.14.jpg
 
私本人のサイズと比べてください。
なかなか、いいスペースですね。
2011-08-04%2013.58.46.jpg

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2011年07月24日

2011/07/24


この度、写真展を大阪で開催することになりました。展示は土田ヒロミ写真展(1)と(2)の二部構成です。私の初期の作品の「俗神」と「ヒロシマ コレクション」という、奇妙な組み合わせです。
この構成は、写真展会場の(RADS Gallery/ラッズ ギャラリー)二つのブースからなる空間に対応しょうとして生まれてきたのもです。
勿論、8月6日の原爆忌に合わせて、ヒロシマについて思考する機会にしたいということが端を発した企画展ではありましたが、その隣の小さなブースにヒロシマとは全く意味の異なる「俗神」を展示するという構成をすることにしました。俗神のエロスとヒロシマの悲劇性が対峙的な構造となって立ち現れてくるに違いなく、土田、本人自身が戸惑っているところです。
そして、皆さんにどのような受け止められるのか?不安な心境の現在です。8月1日の搬入が楽しみでもあり、おそろしくもあります。ヒロシマをこのように(「俗神」とセットで)見せる構成は、ヒロシマの悲劇性が鋭く立ち現れてくるはずだと確信へと向かう現在でもありす。
ご高覧頂きたく願ってやみません。


 土田ヒロミ写真展1ーーー「ヒロシマ コレクション」(17〜18作品=約118㎝×170㎝〜100㎝)

 土田ヒロミ写真展2ーーー「俗神」(25〜30作品=約40㎝×50㎝/額装)

    場所ーーー大阪市福島区福島3−1−39メリヤス会館1F
電話06−6453−5706
                     (JR環状線駅から徒歩約7分)
                     RADS Gallery/ラッズ ギャラリー 

電話06−6453−5706
E-mail;lads@sea.plala.or.jp
期間ーーー8月2日から8月14日まで

投稿者 nirhiro : 15:28 | トラックバック (0)