2010年05月16日
ヒロシマ モニュメント
今年のゴールデンウィークは、広島に永年の広島の風景シリーズ「ヒロシマ モニュメントⅢ」を撮影に行って参りました。
このシリーズは、広島市内に遺る原爆遺跡を含む市内の風景を定点で撮影を繰り返すというものです。その主なる遺跡は、原爆ドームですが、勿論それもふくめ約50カ所ほどの定点撮影を30年前から10年毎に行おうとするものです。これで三回目ですが、定点で観測撮影した3枚の写真を並べて見てみますと都市=広島がゆっくりではありますが、変容してゆく様が見えてきます。それは、ヒロシマの変容、ヒロシマがますますの非視覚化へと加速してゆく時間と伴走している作業といえるかもしれません。
それで、どうなのだ。という質問を受けますが、結論としてはまだ私にも判らないのですが
、これまでヒロシマに拘った者として、体が動き限りもう少しヒロシマ伴走しながら、考える機会にしてみたいと考えてます。
幸い今回は、晴天に恵まれ、毎日が撮影可能な日和でしたが、少し光線が強過ぎて、困りました。
一番最初に撮影した1980年には、あまり光線のことにとらわれない、気にせずにとってしまい、いまになって、光の方向を非能率に探さねばならず、市内を非効率二走り回らねばならず、相変わらずの土田流の作業となってしまいましたが、久しぶりの場に立つとき、故知に遭うような出会いを感じたりして、不思議な体験です。
今年中にあと3回ほどは通わねばならないと思われます。
2010年04月26日
万葉集
短歌に写真でイメージを付ける仕事[NHK短歌](月刊)を、15年ほど、いや20年にもなるかも知れませんが、やっております。
。万葉集から現代まで、大変幅が広くおもしろくやらせていただいてますが、そんな関係で下記のようなテレビ出演などさせられたというわけです。
万葉集巻13・3341 調使首(つきのおみのおびと)
家人の 待つらむものを つれもなき 荒磯をまきて 伏せる君かも
5月6日(木)に、時間は同じ朝7時55分〜8時、
NHK-BSハイビジョンで放送いたします。
再放送も同じく、翌週火曜日午前1時25分〜1時50分
になる予定
2010年04月01日
日本写真家協会行事
お知らせです。
5月22日(土)午後、東京都写真美術館の1階ホールでセミナーの講師として下記の演目で話しをいたします。時間ある方、興味ある方、参加いただきますようお願いいたします。
JPS展「講演」題目
<繰り返す作業>
同じ対象を「繰り返し撮る」という表現方法で作品化することが私土田の 特徴のようです。
そのような私の過去の作品を例として提示しながら<繰り返す作業>から、一体何が立ち現れてくるかを確認し、そこから、「見る=記録」という行為の意味を考える時間にしたいと考えています。
以下4作品を素材として提示する予定です。
1)作品「Aging」
1986年から〜現在まで 毎日自分のセルフポートレイトを撮影(現在まで24年)
2)作品「ヒロシマ・モニュメント」
1980年ころから広島市内に遺る被爆遺跡(ヒロシマモニュメント)の周辺の風景を1980年から10年毎に定点観測
3)作品「Berlin Wall」
1983年より2009年まで、ベルリンの壁にまつわる風景を断続的に定点観測として撮影。
4)作品「砂を数える」「新・砂を数える」
1975年頃よりモノクロームで群集を撮り始めるが、2000年頃から同じく群集を対象に距離、色、などを変え撮影。
2010年03月23日
木村伊兵衛 賞
木村賞伊兵衛賞の審査委員として、今年で8年ほど勤めさせてきました。
今年の正式にめでたく、発表となりました。
私の選評は、アサヒカメラの4月号に掲載されていますが、ここに添付します。
(最終出稿原稿なので、少しテニヲハの違いあるかも知れません)
以下選評です
今年のノミネートに挙がってきた作品は31点。例年の点数であったが、なぜか全体にボリュームが希薄に感じられた。
大半は、写真集。しかし、年々、そのノミネート作品の形態は多様化してきている。展覧会などを挙げたものがその3分の1。パソコンによる展覧会の記録、個展のオリジナル作品、美術館におけるグループ企画展への提出作品の記録CD、など展示作品の増加。これらの傾向は、写真の展示という表現媒体が注視されてきている傾向を反映しているからであろう。
最終選考までに残った作品は、石川直樹「ARCHIPERAGO」
藤岡亜弥「私は眠らない」、溝部秀二「here and there」、北野謙「溶游する都市Flow and Fusion」高木こずえ「MID」「CROUND」の5人、6作品。
石川さんの作品は、壮大なスケール、長期にわたる取材から構成された労作。この文化人類学的構想力に、写真的表現力が更に深化するであろうことを考えると、今後がますます期待できる逸材である。いや、既に新人の域を超えた人気作家だ。
藤岡さんは、これまで多くの若い女性達によってなされてきた性にまつわる暴露的な表現、表層的にジェンダーに向かう表現とは一戦を画した女性性を対象化。内に潜む自ら行(ぎょう)しきれない女の業(ごう)への恐怖感が見事に表現された傑作と評価したい。
溝部さんは、ソウルと東京の街頭の女性たちをスナップショット。特異なのは、個々のショットを縦2〜4枚に切断し、再度ソウル×東京を交互にデジタル合成し、1枚のイメージに作り上げるという、複雑な工程の作品。一見すると1枚のストレートショットに見紛うばかりで、合成の不自然さに気づかない。その疑似イメージから、過去の韓国と日本の間に横たわってきた歴史の不条理と、犯罪性を示唆するドキュメンタリーである。美しく軽さを粧いながら重大なテーマを見事に表現した秀作である。北野さんの作品。現在の都市情況の表現としては、旧さを感じさせ、既視感から逃れられないのは残念である。
さて。今回の高木さんの「MID」は、彼女自身の過去の作業からこぼれ落ちてきてしまったものの中から、どうしても偏愛して病まないカットを集積して碑を仕建てた作業にみえる。「GROUND」は、思いっきの域を超えていない。才のある人だからこそ、それに翻弄されないことを期待したい。今、写真に求められているのは、その先であると私は考えている。そんな思いから、独り推(おせ)ない審査会となった。
さて今年、最初にノミネートの作品群から受けた最初の希薄感は、多くがタイトルに英語を用いていることにもあるのかもしれない。日本語での意味限定を避けたいとい若者の意識が写真表現の現在に反映されているようだ。
2010年01月03日
正月20100103
明けましておめでとう御座います。
今年は、ブログを月に一度は、更新してゆきたいと思ってます。
なんのためのブログなのか。その基本を検証されなければならいのでしょう。
取り敢えず、作品の作業報告を中心に書き進めたいと思ってます。
皆さまにとって、2010年輝かしい年でありますようお祈りいたします。
2009年09月08日
20090908
沖縄ー宮古
8から11日まで 沖縄宮古へ。大阪芸術大学の学生と夏期研修旅行。晩ご飯風景。

2009年09月06日
20090906
携帯サイトにて只今、私の写真展[ヒロシマ コレクション]を開催中です。11月末までの予定。アドレスは
http://phofoto.jp/です。シリアスなヒロシマのテーマですが、あえて携帯サイトにての発表が新しい世代、これまでに繋がらなかった方々への発信の場となればと願ってサイト設定となりました。広島平和記念資料館 のご理解に感謝する次第です。皆様の、一度アクセス期待しております。ご意見お聞き願えれば幸いです。
2009年08月19日
20090819
帰省。
お盆に父の十七回忌のお経をいただいた。享年86歳。国鉄員だったら父は、定年、55歳になると、さっさと退職。かねてから計画していた自宅の新築。古くなった茅吹屋根の自宅を瓦屋根に。元来の百姓家の倅として、母と二人の百姓生活にはいる。私が大学を卒業する時に重なる。貧乏で、夢を諦めざるを得なかった父は、我々兄弟には寛容に、好きなことをしろと、息子田舎を離れることに反対することはなかったが、後年、甘過ぎたかなーと、こぼす父がありました。添付写真は、七十歳代半ば。私が帰省の度に、両親を撮っていた写真の中から。遺影として飾ってあるもの。帰京、新幹線の車中にて携帯更新。


2009年08月18日
20090818
故郷。お墓参りに、母をスナップ。添付します。何んだか私に似てるも。私が母に似てるというべきでしょう。三十年後、かくのごとく相になるのか!はたまたそこに至らずに、逝ってしまう可能性、高そうではあります。 私のホームページのフロントのイメージである作品『AGING』は、現在の母の域、96歳にまで命あれば、半世紀、50年の作品化となります。しかし、痴呆進行し、撮影??となり、作品???それどころではないのでわないか?と思います。撮影は、ニコンD-700.そのモニターを複写。携帯更新。
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